七夕で願い事を笹に飾る理由や誰にしていて叶うと言われるのはなぜかをご紹介!!

七夕は乞巧奠(きこうでん)という祈願の風習や、織姫彦星伝説が中国から輸入されて日本の行事や神々と習合する事で現在の形となりました。

このような以外と複雑な経歴をもつ七夕について、基本的な「願い事」についての疑問を解消していきましょう。

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七夕では願い事を笹に飾るのはなぜ?

笹竹に願いを飾るのは、笹竹が神聖なものだからです。
日本では古来から笹竹は神聖なものとされてきました。
天に向かって勢いよく真っ直ぐに伸びていく生命力や繁殖力の強さに、人々は神秘性を感じてきたからです。お伽噺のかぐや姫が竹から産まれきたとされているのもその傍証です。
このように神聖な笹竹は古くから神事などに用いられてきました。皆さんも地鎮祭で四方に笹竹が立てられているのを見た事があると思います。

 

そして大祓(おおはらえ、おおはらい)という神事があります。
除災行事として民間でも執り行われるようになったこの行事はその中でも6月に行うものを「夏越の祓」、「夏越神事」等というのですが、夏越の祓の際には「茅の輪潜り(ちのわくぐり)」というものが行われます。この茅の輪の両脇には笹竹が立てられており、江戸時代にはこの笹竹に因んにで短冊を飾るようになり現在の七夕の形となりました。この笹竹を使う七夕は日本独自のものです。

七夕の願い事は誰にしてるの?

願い事は基本的に、中国道教の最高神である玉皇大帝の娘ともいわれる仙女の織姫にします。
日本では古くから棚機女(タナバタツメ)や信天棚機神(アマノタナバタヒメ)という天照大神の岩屋隠れの際、天照大神に献上する神衣和衣を織った神様等、多くの機織の神様が信仰されてきました。
奈良時代になると七夕のおおもととなった乞巧奠という機織の上達を願う行事と、織姫と彦星の牽牛織女の伝説が中国から伝わり日本に定着する事となりました。やがて、機織に関する伝説をもつ織姫と乞巧奠の行事が習合し、日本の機織の神々が織姫と同一視されていく事となりした。

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七夕の願い事が叶うと言われるのはなぜ?

七夕が願いが叶うとされるのは前述したように、乞巧奠という中国由来の祈願の行事が七夕のおおもととなっているからです。
この行事は機織の上達を願うものでありましたが、日本独自の発展をしていき、音樂、詩歌、書道の上達、あるいは牽牛織女の伝説の伝説と結びついて男女の良縁を祈るようになっていきました。南北朝時代の「荊楚歳時記」によれば、二星会合(織女と牽牛が合うこと)も願われています。

 

乞巧奠では「五色の糸」が供え物の一つにされていました。この糸は七夕の歌に「五色の短冊」として歌われているように、現在の短冊の原型となったものですが、これは中国の陰陽五行説からきています。
五色は、青、赤、黄、白、黒が基本色となっており、それぞれの色は人間の守るべき「五徳」にに対応していて以下のような意味があります(後に、最上色とされる紫が黒の代わりとなりました)。

青は仁であり、徳を積んで人間力を向上させる。
赤は礼であり、父母や祖先へ感謝する。
黄は信であり、人間関係を大切にする。
白は義であり、義務や自分、あるいは他者が決めたルールをまもる。
黒は智であり、学業や業績を向上させる。

 

現在の七夕では、古来の願いの枠組みを越えて多種多様な願いがされるようになりましたが、短冊を書く際には自分の願いに対応した色を使ってみるのも良いのではないでしょうか。

七夕で願い事を笹に飾る理由や誰にしていて叶うと言われるのはなぜかを調べてみたまとめ

アメリカの政治家ベンフランクリンには「天は自ら助くる者を助く」という有名な言葉があります。

玉皇大帝の娘である織姫ですら、努力をせずにいたら苦難の道を歩むことになってしまいました。皆さんも、自分で努力した上で、由緒正しい祈願行事の七夕で織姫に最後の一押しをしてもらいましょう。

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